思考記録場

日常生活の中で気になったことや、感じたこと、考えたことを記述するだけの場所。

秒針

 深夜、僕と秒針以外に音を立てる者はいなかった。これは眠れない夜の常だった。僕は眠れないなりに何とか夜を越えようとして、布団に沈みこんで息を潜める。

 僕が息を潜めると、この部屋で音を立てているものは秒針だけになった。秒針だけが音を立て、秒針だけが動いていた。秒針以外のあらゆる者は時が止まってしまったかのように、秒針だけが音を立てていた。しかしながら秒針が音を立てているので、僕はこの部屋の時が止まっていないことを認識できた。

 秒針さえ止めてしまえば本当に時が止まるかのように思えたので、僕は時計の電池を抜いた。秒針は音を立てることを止めた。そして僕が再び息を潜めると、この部屋で音を立てる者は遂にいなくなった。あらゆる者が時を止めているように見え、それはこの部屋全体の時が止まってしまったことのように思えた。

 僕は本当に時が止まってしまったのではないかと思った。しかしながら、本当に時が止まってしまったのであれば、僕の思考すら止まってしまうようにも思われた。僕が「時が止まってしまったのではないか」と思っている時点で僕の思考は止まっておらず、それはこの部屋の時が止まっていないことを示しているように感じられた。したがって僕は先程まで本当に時が止まってしまったのではないかと思っていたが、本当は時が止まってしまったなんてことはなかったということに気づいた。

 また、時が止まってしまった場合に僕の思考も止まってしまうのであれば、僕は時が止まってしまったことを認識することができないのではないかと思った。時が止まってしまった時間と同じだけ僕まで止まってしまうのであれば、それは僕の視点からすると時は滞りなく流れていることと違いがないように思われた。そしておそらく、僕以外のあらゆる者も同様に時が止まってしまったことを認識することができないように思われた。誰も時が止まってしまったことを感じられないのであれば、時が止まってしまっても意味がないじゃないかと思い、僕は落胆した。

 僕は時計の電池を戻した。秒針は再び音を立て、少し遅れた文字盤の上を動き始めた。