思考記録場

日常生活の中で気になったことや、感じたこと、考えたことを記述するだけの場所。

ぷーさんのぬいぐるみ

僕の1番の宝物はぷーさんのぬいぐるみだ。僕が産まれて半年の12月に母親からプレゼントとして貰った、10cmくらいで、ペンギンの着ぐるみを着たぷーさんだ。御歳19歳ということになり、早生まれの同級生より長生きである。今までずっと一緒に生きてきたし、多分これからもずっと一緒に生きていく。

 

19年も経つと、ぬいぐるみはぼろぼろになる。眉毛は両方とれてなくなった。口もなくなった。プラスチックの鼻は何度もとれて、その度にアロンアルファで手術した。腕もちぎれそうになる度に母に外科手術をしてもらった。お腹には穴が空いている。綿が抜けて全身しわしわである。他人からすればゴミにしか見えないだろう。そんなぷーさんが僕は愛おしい。

 

僕が小学校に入学した頃、既にぷーさんはぼろぼろだったので、そろそろ捨てる頃合いかと思っていた。しかし、今までずっと一緒だったぷーさんを捨てるのは忍びなくて、もうちょっとぼろぼろになるまで捨てるのは止めようと決めた。その結果、時が経つにつれぼろぼろ具合は加速するが、忍びなさも加速し、捨てるタイミングを見失った。多分一生捨てられない。

 

ぷーさんが10歳を過ぎた辺りから、もう魂が宿っているのではないかと考え始めた。こんなに長生きなぬいぐるみなどそうそういないと思うので、魂が宿って動き出すに違いないと思った。しかし、19歳になった今もぷーさんは動かない。きっとぷーさんは魂が宿ったことを僕に隠している。僕がいない時には僕の部屋を我が物顔で闊歩しているに違いない。

 

ぷーさんが15歳を過ぎた辺りから、もう日本語くらいは話せるのではないかと考え始めた。こんなに長生きなぬいぐるみなどそうそういないと思うので、少なくとも僕の日本語くらいは理解しているに違いないと思った。しかし、19歳になった今もぷーさんは喋らない。それもそのはずで、ぷーさんの口は既にとれてなくなっている。30年くらい後にぷーさんがテレパシーを会得するのを待つしかない。

 

この記事を書いている今もぷーさんは僕の隣にいる。ぷーさんは僕の心の支えだ。これからも僕はぷーさんと共に生きていく。