思考記録場

日常生活の中で気になったことや、感じたこと、考えたことを記述するだけの場所。

【創作】赤鬼と鉄の女①

失敗したのは明らかだった。中学までは教室の隅で読書をする模範的陰キャだった俺、鱗滝右近は、地元から遠く離れた高校へ進学し、入学式前日に髪を真っ赤に染め上げた。これで俺も陽キャの仲間入りだと思った。しかしながら、いざ入学してみると、その陽キャ達は軒並み俺を怖がった。過去の俺を知る者は一人もいなかったのが裏目に出て、あいつは地元で人を殺して追放されたとか、赤鬼が高校を征服しに来たとか、根も葉もない噂が乱立しては背びれ尾ひれを増やしていった。俺は見事にぼっちになった。

 

こうなるとは思ってもいなかった。

「え〜髪の毛真っ赤じゃん!やばい!」

「あ、これ?いやぁ俺ヒーローに憧れてるんだよね。ほらヒーローって言えば赤でしょ?」

「鱗滝くんやばいね〜超面白いじゃん!」

こんな会話を何度も妄想していたのだが、現実は違っていた。

「見てよ、あの人の髪の毛やばくない?」

「ああ、赤鬼だろ?喧嘩最強で地元の中学を束ねてたらしいぜ……」

「赤鬼やばいね……超怖いじゃん……」

こんなヒソヒソ話しか聴こえてこない。喧嘩なんかしたことねえよ。人どころか壁すらも殴ったことねえよ。怖いのはお前たちの想像力だよ……。

これからの三年間が憂鬱だった。髪を染める前に戻りたい。

 

こんな俺以外にも、クラスにぼっちがもう一人いた。愛川姫だ。凛とした顔立ち、長い黒髪、白い肌、高い身長、低く聞き取りやすい声。どれをとっても名前負けしないポテンシャルを持っていた。彼女の名は入学早々に広まり、既に何人かの男子が告白し、見事に砕け散ったと耳にした。何でも振り方が辛辣極まりないらしく、振られた男子は尽く涙を枯らすほど心が折れるそうだ。入学直後は「雪の女王」、「月組トップ」等と呼ばれていた彼女は、今では「冷徹宰相」、「鉄の女」と揶揄されていた。

 

鉄の女は休み時間にいつも文庫本を読んでいた。それだけで絵になる辺りが中学時代の俺とは違う。なんだかんだ言っても容姿は人生を左右するよな、なんて考えながら愛川を眺めていた。別に見とれていた訳じゃない。他の生徒を眺めるとみんな怯えた表情をするから、そうする他に選択肢がなかっただけだ。赤鬼と呼ばれている以上、今更俺も文庫本を読み出す訳にはいかなかった。マジでやることがなかった。

 

流石にこのまま三年間も過ごすのは避けたかった。俺は愛川と仲良くなるために話しかけることを決めた。

「よお愛川、なに読んでるんだ?」

「誰かと思えば赤鬼じゃない。私に喧嘩を売られても困るのだけど」

泣きたくなった。これは想像していた以上に辛辣だ。赤鬼って呼ぶなよ。

「喧嘩なんか売ってないから。売ったことないから。何の本読んでるのか気になったんだよ」

「あら流石ね。天下の赤鬼ともなれば、喧嘩は売るものではなく、買うだけのものなのね。勉強になるわ」

「買ったこともないから……」

もう俺のガラスのハートは耐えられなかった。この日はこれ以上話すことを諦めた。愛川と友達になれる日は永遠に来ない気がした。