思考記録場

日常生活の中で気になったことや、感じたこと、考えたことを記述するだけの場所。

【創作】言葉の鎖

あなたのことが好きだなんて言えないのです。私にはその言葉を発することが罪深く思えてならないのです。我ながら、なんと人付き合いの向かぬ人間に育ってしまったのだろうと常々思っております。

 

「好き」という言葉は相手に強い束縛を生じさせると思えてなりません。例えば、私があなたに対して「あなたの料理上手なところが好き」と発言したと致しましょう。あなたが私に多少なりとも親密な気持ちを抱いていたとしたら、もっと料理を極めようという考えに至るやもしれません。しかしながら、既に料理上手な人が更に上手になるのは極めて難易度の高いものであります。底知れぬ努力を必要とすることは容易に想像できます。このことから、私が「あなたの料理上手なところが好き」と言ってしまうことは、あなたの人生に膨大な努力を求めてしまうことになりかねないのです。私が不意に与えた先の見えぬ要求にあなたが疲弊し、心を病み、廃人になる可能性が常に存在しうる以上、私には好きという言葉を発することができません。

 

また、あなたの何かが好きだという言葉は、そうでないあなたは嫌いだという認識を相手に与えかねないでしょう。私にその気持ちがなかったとしても、私の言葉を捉えるのは私ではなくあなたであって、もしあなたがこのような認識をしてしまった場合、嫌われないように私が好きな自分を演じようと思わせてしまうかもしれません。とてつもない労力を使わせてしまうことでしょう。私が「あなたの性格が好き」と言えば、あなたにその性格を演じ続けることを強要してしまうでしょう。「あなたの髪型が好き」と言えば、あなたにその髪型であり続けることを強要してしまうでしょう。「あなたのダメなところも含めて全部好き」と言ってしまえば、あなたに一切の不変を強要してしまうでしょう。私の言葉が鎖となってあなたを縛り上げてしまうことが、私には耐えられないのです。

 

私如きに「好き」と言われた程度ではそこまで重大に受け止めないだろうと指摘される人がいるやもしれません。それは正しくその通りであって、私はそれを望んで行動しているのであります。誰にも注目されないように、誰にも興味を持たれないように、誰にも好意を持たれないように……。私はそんなことばかり考えて常日頃から自らを律して言動を選んでいるのです。私自身が私を拘束し、私の自由を奪い取ることで、私が人々の人生に干渉しすぎることを防いでいるのであります。

 

あなたのことが好きだなんて言えないのです。私が垣間見せた感情であなたを縛り上げてしまうことが怖くて仕方がないのです。私の為に縛られてくれたあなたに対して何も出来ない私が私には許せないのです。

 

願わくは、この世の誰もが私に一切の興味を示さず、何にも縛られることなく自由に飛翔せんことを。